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神戸地方裁判所 昭和47年(わ)683号 判決

主文

被告人を判示第一(別表(一))の1ないし25の事実につきそれぞれ罰金一万円に、その余の事実につき罰金五〇万円に処する。

被告人から金一、六三九万五、六六九円を追徴する。

訴訟費用中差戻前の第一審証人土田参郎、同陳篤臣、同中村忠雄、同江口健司に支給した分は被告人の負担とする。

本件公訴事実中関税逋脱の各事実につき被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人大信実業株式会社(以下被告会社という)は輸出入貿易等を目的とする会社であるが、

第一、被告会社の代表(専務)取締役であって薬品等の輸出貿易に関する事務を統轄していた黄重信は、被告会社の業務に関し、台湾所在の商社から薬品の注文を受ける際、台湾における通関、外国為替関係の事情により、日本においてその輸出貨物の品目に合致しない送り状等によって通関手続をとるよう依頼されてこれを承諾し、その所属係員太田庸穂、兼平恵らを指図して、別表(一)のとおり、昭和二八年一月一四日から昭和二九年一二月二三日までの間、三一回にわたり神戸市生田区加納町六丁目所在神戸税関において税関吏に対し同表輸出貨物欄記載の貨物を輸出するものであるにもかかわらず、これとは異なる同表申告貨物欄記載の貨物を輸出する旨申告して後者に対する輸出免許もしくは許可を受け、または輸出免許もしくは許可を受けた薬品に他の薬品を混入する方法により昭和二八年一月一六日から昭和二九年一二月二三日までの間三一回にわたり、同表輸出貨物欄記載の貨物を神戸港において台湾向け出航する同表記載の船舶に積載し、もって税関の免許(同表1ないし25)もしくは許可(同表26ないし31)なくこれら貨物を輸出し、

第二、被告会社の代表取締役(社長)黄万居(昭和四二年三月二二日死亡)、東京支店(東京都中央区八重洲三丁目七番地所在)長奥村治郎は昭和二九年九月中旬ごろから数次にわたり電話または手紙を用いて互に意を通じたうえ、右奥村において被告会社の業務に関し、法定の除外事由がないのに、被告会社の取引先たる香港皇后大道所在万順昌行の経営者であって香港に居住する姚維章に対する債務の弁済をなすため、同年一〇月二日ごろ、右東京支店において姚維章の差し向けた氏名不詳の男に対し現金一三〇万円を交付し、もって同人を介し非居住者姚維章に対する金一三〇万円の支払をなし、

第三、右奥村治郎(なお昭和二九年一〇月九日取締役に就任)は東京支店所属員太田庸穂らを指図し、別表(二)のとおり昭和二九年一一月一一日から昭和三〇年一一月一日までの間一五回にわたり、被告会社が香港所在の万順昌行あるいは新華商業公司から買受け東京港において陸揚げされて東京中央倉庫(東京都江東区深川越中島町八番地所在)に搬入蔵置された緑豆等につき、被告会社の業務に関し所轄東京税関へ輸入申告するに際し情を知らない税関貨物取扱人三協運輸株式会社係員を介し、右税関に対し前掲売主作成の虚偽の仕入書ならびにこれを基礎にして算出した価格を記載した輸入申告書などの必要書類を提出し、

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

判示第一(別表(一))のうち1ないし25の各事実につき関税法(昭和二九年法律第六一号)附則一三項により関税法(明治三二年法律第六一号)七六条一項、八二条ノ三、26ないし31の各事実につき関税法(昭和二九年法律第六一号)一一一条一項、一一七条

判示第二の事実につき刑法六〇条、外国為替及び外国貿易管理法二七条一項、七〇条八号(昭和三三年法律第一五六号による改正前、現七号)、七三条

判示第三(別表(二))の各事実につき昭和三二年法律第九〇号(関税法の一部を改正する法律)附則三項により同法律による改正前の関税法一一四条二号

併合罪の処理につき刑法四五条前段、なお判示第一(別表(一))のうち1ないし25の各事実につき関税法(昭和二九年法律第六一号附則一三項により関税法(明治三二年法律第六一号)八二条ノ四(刑法四八条二項は適用されない)、判示第一(別表(一))のうち26ないし31の各事実、判示第二、第三(別表(二))の各事実につき刑法四八条二項

追徴につき判示第一(別表(一))のうち12、5ないし19、21ないし25につき昭和四二年法律第一一号(関税法の一部を改正する法律)附則八条、関税法(昭和二九年法律第六一号)附則一三項により関税法(明治三二年法律第六一号)八三条三項(一項)、同26ないし31につき、昭和四二年法律第一一号(関税法の一部を改正する法律)附則八条により同法による改正前の関税法一一八条二項(一項)(なお3、4、20につき元相被告人黄重信から追徴ずみ)

訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人らは

(一)  本件における関税逋脱の公訴事実および無免許または無許可輸出の公訴事実(別表(一))のうち1、2、5ないし19、21ないし31についてはその行為者の無罪が確定しているところ、いわゆる両罰規定によって法人を処罰する場合は行為者が処罰されることが前提となっており、行為者が処罰されないのに法人が処罰されることは背理であると主張する。

記録によると弁護人主張の各事実につき行為者の無罪が確定していることが認められる。しかしながら法人に対する処罰は行為者が起訴せられまたは処罰されたか否かに関係するものではなく、また行為者の死亡によっても影響するものではない。

また行為者が現に起訴されて審理の結果無罪が確定した場合でも現行刑事訴訟法上行為者に対する無罪判決の効力として法人が当然に無罪となるものと解することはできない。

(二)  本件無免許または無許可輸出の公訴事実(別表(一))中前記1、2、5ないし19、21ないし31につき行為者黄重信が無罪となったのは同人を被告会社と併合審理していた第一、二審裁判所が、「税関の輸出免許または許可は抽象的に申告書に記載された品目についてなされるものでなく、具体的に税関に呈示された貨物自体に対しなされたものと解すべきであり、その際外見上他の貨物と誤認させるに足るような偽装が施してある場合は無免許または無許可輸出罪が成立するが、そのような偽装が施されてない場合は無免許または無許可輸出罪は成立しない」とする当時の通説を採用したためである。しかるにのちに至り昭和四五年一〇月二一日最高裁大法廷判決で「輸出許可の効力は輸出申告書に記載された貨物と同一か少くとも、これと同一性の認められる貨物にのみ及ぶ」との判断が示されるに至った、ところで、行為者が判決当時の法解釈(学説、判例)により無罪となった事実につき、のちにその行為者が属する法人に対し審理する場合、前の解釈が変更され、それによれば有罪となる場合においても、当該法人に対しては変更後の新解釈によることなく行為者に適用した旧解釈に準拠して当該法人に対しても無罪とすべきである。然らざれば行為者に対しては旧法を適用し、法人に対しては新法を適用するに等しく不遡及の原則に反するばかりでなく、両者に対する刑の権衡上からも許されないと主張する。

しかしながら前記最高裁大法廷判決がかりに解釈の変更であるとしても法律の変更ではなく、事件を審判する裁判所としてはその正当と考える解釈に準拠すべく、それが弁護人主張のごときケースであっても異らないものというべきである。

(無罪の理由)

被告会社に対する関税逋脱の公訴事実は、別表(三)記載(証拠欄を除く)のとおり(0は昭和三一年四月三日付起訴状一の事実、1ないし28、30ないし32は同二(1)の事実、29は昭和三〇年一二月一二日付起訴状(一)の事実、乙1ないし7は昭和三一年四月三日付起訴状三の事実、丙は昭和三〇年一二月一二日付起訴状(二)の事実)被告会社が香港皇后大道二〇二号所在万順昌行等の商社から買取ることを契約し、神戸港外二ヵ所に入港したスラット号等から陸揚げされ、神戸市兵庫区所在住友保税倉庫等に蔵置中の赤小豆等につき被告会社の従業者たる同表行為者欄記載の者らにおいて被告会社の業務について、昭和二九年一〇月一四日から同三〇年一一月一一日までの間前後四一回にわたり、神戸市生田区加納町六丁目所在神戸税関等所轄税関において、税関吏に対し、右赤小豆等の実際課税価格が同表正当課税価格欄記載のとおりであるのにかかわらず、これよりも安い同表申告課税価格欄記載のとおり虚偽の価格を記載した輸入申告書および前記姚維章ら名義の仕入書等必要書類を提出し、当該税関吏をしてそれぞれその旨誤信させ、右虚偽価格に対する関税を納付して同二九年一〇月一五日から同三〇年一一月一二日までの間前後四一回にわたり輸入許可をなさしめ、もってそれぞれ正当関税との差額合計六六二、三一一円を免れたものであるというのである。

よって案ずるに≪証拠省略≫によれば、被告会社が別表(三)記載の船舶から陸揚げされた豆類等の貨物について、同表記載のとおり所轄税関に輸入申告をしたうえ右申告価格に基づき計算された同表記載の関税額を納付して(ただし一〇円未満切捨)、同表記載の日に輸入許可を受けて貨物を引取ったことが認められる。

右各輸入貨物について関税定率法四条一項所定の課税価格を検討するに、右貨物につき大蔵技官中西鉄雄、同深田忠彦の作成した犯則物件鑑定書(各一通)は、課税価格(CIF価格)として検察官が起訴状において主張する金額(別表(三)正当課税価格欄記載)を掲げているけれども≪証拠省略≫によれば、右各鑑定書は当裁判所に証拠物として提出されている輸入関係書類のうち、万順昌行など売主作成の被告会社あての注文引受書(別表(三)記載)あるいはそれに基づいて税関職員らの作成した一覧表を転写したものに過ぎないものと認められるところ、特段の事由のない限り注文引受書はその注文のあった当時の記載商品の価格を示す資料といいうる。しかしながら右注文引受書のうちにはそれが本件輸入貨物に関するものか否か明らかでないものも含まれ、また右注文引受書が売主と被告会社間の契約を表示し、その記載どおりの割合による金員を被告会社が支払うべきものか否かも疑わしいものも少くない。

また右輸入貨物中別表(三)21の尾胡草を除くその余の貨物については≪証拠省略≫によれば、右輸入貨物が香港において別表(三)記載の船舶に船積みされたのが別表(三)船積年月日欄記載のとおりと認められ(貨物船積の日が直接明らかとならない分は当該船舶の香港出港の日とさほど隔たりがないものとしてこれを推認する)、別表(三)32の貨物に関するものを除き前掲注文引受書の日付と相当の隔たりがあるというべきところ、≪証拠省略≫を総合すれば、およそ小豆をはじめ豆類の価格はかなり不安定なものであるが、昭和三〇年中についていえば、日本国内における国内産小豆の取引相場は年初から多少の波動をみながら漸次下落の傾向をたどり、同年六月、七月にはそれぞれ一月間に約三割ないし五割の下落をみたこと、ならびに中国産の小豆その他の豆類の日本における価格ひいてはその香港における卸取引価格も顕著な動揺を示したことが認められる。したがって被告会社の輸入した貨物が注文引受書記載の商品であってその規格、品質および量目において欠けるところがないと仮定しても、なおこれに記載された価格をそのまま香港における船積当時の卸売価格に関税定率法四条一項掲記の諸費用を加算した価格に近似するものとみることは妥当でない。

一方森恒雄作成の鑑定書のうち中級品鑑定価格の記載は前記香港における貨物船積当時の注文引受書記載の豆類(中級品)の香港における卸取引価格を算定したものであるが(落花生については後に述べる)、その鑑定の基礎となった資料からみて、前記注文引受書のみを資料とする鑑定に比しはるかに妥当性の大きいものということができる。そして右中級品欄の記載金額を日本銀行為替局長作成の回答書により、関税定率法四条六項に従い本邦通貨に換算したうえ、これに≪証拠省略≫に基き認定換算した関税定率法四条一項の積込費用(貨物一トン当り香港ドル約二ドル八〇セント、一七六円前後)、運賃(貨物一トン当り香港ドル一八ドル前後、一一三〇円前後)および保険料を加算してみると、別表(三)1ないし4、7ないし9、11ないし20、22ないし27、29ないし32、乙1、乙4ないし乙7、丙記載の貨物についてはそれぞれ右合計額が被告会社の申告価格をかなり下廻ることが明らかであって、右に掲げた貨物については、この資料を退けて関税定率法四条一項の価格が被告会社の申告価格を越えるものと認定するに足る証拠はない。同表28の貨物については沢田満穂作成の鑑定書の普通品価格に前掲諸費用を加算すると、これまた被告会社の申告価格をかなり下廻るものである。右鑑定の方法は同鑑定人も自認するとおり十全なものではないにしても、前述のように右貨物船積の時期は豆類の相場の暴落の時期に当っているので、船積の約一ヵ月前の日付の注文引受書の記載を採って右鑑定の結果を退けることはできない。別表(三)0の貨物については輸入申告書の裏面に、税関職員の覚書と推測される「一六〇袋虫喰い」と鉛筆書の記載があるばかりでなく、≪証拠省略≫から輸入された小豆はいずれも注文引受書記載および契約見本と異なりはるかに廉価な南支産の小粒のもので、そのうえ砂粒が多く混っていたことが認められるので、右両名の証言する取引価格等に鑑み、同表5、6の貨物については≪証拠省略≫中に6の竹小豆の品質が不良である旨の供述があり、≪証拠省略≫によって被告会社が右両貨物を現物到着後にかなり低価に処分したことが認められ、右取引価格に鑑み、同表10および乙3の貨物については、≪証拠省略≫によれば、いずれもその契約は青島産落花生であるのにかかわらず、輸入された貨物はこれと用途において全く異なり、価格もはるかに低廉なアフリカ産落花生であったと認められ、右証拠から認められる被告会社の処分価格をも勘案すれば、森恒雄作成の鑑定書の当該部分はアフリカ産落花生に関するものとはとうてい認めがたいので、被告会社の処分価格により、同表21の尾胡草については≪証拠省略≫によれば、現物には三分の一以上の砂が混入していたことが認められるので、≪証拠省略≫から認定できる同人と被告会社との契約価格およびその後の値引の経緯に鑑み、同表乙2の貨物については≪証拠省略≫により申告数量に対し九・五%の量目不足のあったことが認められるので、森恒雄作成の鑑定書等に基く価格から右不足に相当する分を控除すれば、以上の各貨物はいずれも輸入申告書あるいは注文引受書の記載と規格、品質あるいは量目において著しく相違しているので、前掲鑑定書または注文引受書の記載を採って当該貨物の関税定率法四条一項所定の価格が被告会社の申告価格を越えるものと認定することはできない。

検察官は貨物輸入につき申告者は関税として関税定率法四条二項以下に定める方法によって決定される価格から算出された金額を支払う義務があり、本件の場合同条二項によって前掲注文引受書の記載から算出される税額につき不正の行為によりこれを免れたものとして関税法一一〇条一項一号に該当すると主張するが、関税定率法四条二項以下の規定は税関職員において輸入貨物につき関税を調定賦課する場合によるべき準則を示したものに過ぎず、輸入申告者としては自ら根拠を示してこの適用が妥当でないことを明らかにしない限り右準則により算定された価格に基く税額を支払うほかないものということができるにしても、本来輸入申告者の納付すべき関税額は同条第一項所定の価格を基礎に算定される金額であって、不正の行為によりその納付を免れるべき行為のない限り、関税法一一〇条一項一号の犯罪は成立しないものといわなければならない。

以上のとおりであるから、右各輸入につき被告会社の所轄税関に対する申告価格が関税定率法四条一項の価格を下廻わり、したがって被告会社が右各貨物の輸入につき納付した関税の額が正当な税額に満たないと認定するに十分な証拠はないので、別表(三)記載の行為者らが被告会社の業務に関してなした前記輸入行為は関税法一一〇条一項一号の要件に該当するとの証明がないことに帰する。よって刑事訴訟法三三六条により被告会社に対し同表記載の各公訴事実につき無罪の言渡をする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本久巳 裁判官 川上美明 森本翅充)

〈以下省略〉

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